「歩行分析をしたいけど、そもそも歩行動作がよくわらない...」「歩行分析の着眼点がわからず漠然と動作を観察してしまう...」臨床現場でこういった悩みは多いですよね。新人の理学療法士の方だけでなく、歩行分析を専門的に勉強する機会の少ない作業療法士の方や看護師の方が歩行を分析したいというニーズもあるようです。そこで今回は、歩行分析を実施する上で知っておきたい基礎的な知識をまとめていきます!歩行とはまず、歩行とはどのように定義されているのでしょうか。ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)の目線では人が移動する手段であるわけですが、その他の移動手段であるハイハイや走行との違いはどのように定義されるのでしょうか。ここで言う歩行とは二足歩行のことであり、乳幼児のハイハイや動物の四足歩行とは異なります。ここの区別は言うまでもありませんね。そして、歩行は「両足が同時に地面についている時間がある」があることが特徴で、そこが走行と区別されるポイントです。五輪などで競歩競技を見る機会があると思いますが、競歩では歩行とみなされるギリギリの動作でできるだけ速く移動しているので、たまに両足が同時に地面についている時間がなくなり、反則を受ける機会を目にします。これはつまり歩行ではなく走行になってしまっているよということですね。歩行のエネルギー効率はすごい ―倒立振子モデル―みなさん、倒立振子モデルという言葉を聞いたことありますか?このようなものです。%3Ciframe%20width%3D%22960%22%20height%3D%22540%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fembed%2Frhu2xNIpgDE%3Fcontrols%3D0%22%20title%3D%22YouTube%20video%20player%22%20frameborder%3D%220%22%20allow%3D%22accelerometer%3B%20autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20gyroscope%3B%20picture-in-picture%22%20allowfullscreen%3D%22%22%3E%3C%2Fiframe%3Eこのロボットみたいなもの、実はモーターなどの動力源がないのです。路面に少し傾斜をつけるだけで、重心移動してスタスタと歩いていってしまうのです。人間だったら筋肉がない状態で歩いているってことなので、すごいですよね。この倒立振子モデルの研究は古くから続けられてきていて、人の歩行のメカニズムを知る上で非常に重要な研究なのですが、ここでは難しいことは置いておいて、単純に「大きな動力源なしで歩けるって省エネ性能すごくない?」と驚くわけです。そうです。歩行は驚くほどエネルギー効率良く移動できる動作なのです。そうであるからこそ日常生活の移動手段として機能してきたわけですね。そう考えると、歩行動作改善の目標設定も、エネルギー効率の観点が1つの要素として重要になりそうですよね。例えばある地点からある地点までをこれくらいの時間で歩きたいとした時に、今の歩き方では力みすぎて途中でバテてしまう...といったように、実用面では歩行が一定時間持続可能であることが求められることが多いと思います。このように多くの場合、歩行の実用性を高めるために歩行動作の改善が実施されるのです。もちろん、美しく歩きたいとか、多少負担が掛かってもいいから杖を使わずに歩きたいといった、移動手段としての実用性とは異なった観点の要望も、QOLを高める上では大事な観点になり得ますので、そこは患者様と対話して適切に目標設定することが大切です。歩行動作を分解して理解する ―歩行周期―歩行分析をする上で欠かせない知識として、歩行周期の分類があります。歩行動作全体を漠然と見ていても問題点の把握や改善策の考案にはつながりにくいので、一歩の中で「足が地面についている時間」や「足が地面から離れている時間」などのように各フェイズに分類するという考え方です。この分類によって、どのフェイズで問題が起きているのか把握しやすくなり、改善策も考えやすくなります。また、この基礎知識をベースにコミュニケーションすることで、複数の分析者で議論する場合や申し送りなどで他者に情報伝達をする場合の認識齟齬も減らせると思います。歩行周期の分類の一般的なのが「ランチョ・ロス・アミーゴ方式」です。米国ロサンゼルスにあるランチョ・ロス・アミーゴ国立リハビリテーションセンターで考案されたものだそうです。理学療法士の方は馴染み深いですよね。図.右足(オレンジ色)を例にした歩行周期の分類略語正式名称日本語訳役割ICInitial Contact初期接地衝撃吸収の準備LRLoading Response荷重応答期衝撃吸収MStMid Stance立脚中期支持足の前足部までの荷重TStTerminal Stance立脚後(終)期支持足より前方で身体を運ぶPSwPre Swing前遊脚期遊脚期の準備ISwInitial Swing遊脚初期路面から足を離して前方へ運ぶMSwMid Swing遊脚中期路面と足の間隔を確保して前方へ運ぶTSwTerminal Swing遊脚後(終)期足を前方へ運ぶ動作を終了歩行周期は一方の足が地面に接地した時点から同じ側の足が再度接地するまでを一歩と定義して、その一歩にかかる時間を100%と考えます。そしてその一歩は、立脚期(IC〜PSw)と遊脚期(ISw〜TSw)に大きく分類され、さらに上図のように細分化されていきます。立脚期は「足が地面についている時間」、遊脚期は「足が地面から離れている時間」のことです。両脚についてこの分類を行って歩行周期を重ねると、両脚の立脚期の重なる部分が両脚支持期(Double Support Phase)、それ以外は単脚支持期(Single Support Phase)になります。両脚支持期は先ほどの歩行の定義の部分で説明した「両足が同時に地面についている時間」、単脚支持期は「片足のみが地面についている時間」です。歩行の場合には、一方の遊脚期=反対側の単脚支持期の関係になります。歩行が安定しない方は、両脚支持期が長く単脚支持期が短いということが研究論文で言われています。「安定性」という定性的なワードも、こういった基礎知識を使えば理解しやすいように説明することもできそうですね。平らな路面を真っ直ぐ歩くだけが歩行ではない当然ですが、日常生活ではでこぼこな道や坂道などの路面変化があります。また、方向転換をしたり、速度の加減速をしたり、会話や考え事をしたりしながら歩行する機会が多いです。そのようなリアルな環境に患者様が置かれる前提に立った場合に、今自分はどのような状況における歩行を評価しようとしているのか、患者様のADL能力を高めるにはどのような状況における歩行を評価して改善しなければいけないのか、といった基本的なことをしっかり認識する必要があります。リハビリ室の10m歩行を1.0m/sで歩けたからといって日常生活の歩行動作が自立する訳ではありませんもんね。詳細は別のコラムに書きたいと思いますが、臨床で実施される歩行能力評価にもリアルな環境を念頭においた様々な手法が存在します。患者様の状態や目的とするADL能力に応じた評価や分析が必要です。10m歩行:10mの平らな直線路上の歩行。基本的な歩行能力の評価。TUG(Timed Up and Go):椅子の立ち座りや方向変換を含む歩行。8の字歩行:左右両回りの方向変換を含む歩行。デュアルタスク歩行:認知課題と同時に歩行Trail Walking Test:認知課題や歩行変換を含む歩行。などなど...正しい歩行動作とは..よく歩行速度や歩幅などについて年代や性別の平均値が提示されます。患者様の歩行をこれらの平均値と比較することに意味がないとは言いません。しかし、患者様の状態によっては改善が難しいことも多いでしょうし、平均値からの逸脱は健常者でもありうることで、逸脱自体の改善にあまり意味はありません。患者様の生活環境と運動能力を照らし合わせて、適切に目的(何のために)と目標(どんな歩容や能力を獲得するか)を設定をして、その設定のために最適なリハビリを実施していくことが重要です。リハビリの品質向上や効率化のために、各学会や各医療機関において疾患ごとのリハビリプロトコルが定められていることもあると思います。そういった先人の知恵をうまく活用して、治療の品質のボトムアップを図りつつ、+αで個々の患者様の状況に合わせた介入ができると良いのではないでしょうか。平均値は、参照することで問題把握の助けになることも多いでしょうし、リハビリを継続する際の動機付けのために用いることもできるので、医療従事者側が良く考えて提示することが望ましいですね。患者様のキャラクターとして、乖離が大きくても目標を提示することで燃える方もいらっしゃいますし、その逆もありますしね。歩行速度や歩幅などのメジャーな指標については、罹患リスクのスクリーニングや予後予測のためのカットオフ値が提案されて現場で活用されていますので、そういった情報を頭に入れておき、逸脱の大きい指標については注意を払っていく必要があると思います。おわりに今回のコラムでは、歩行動作に関する基礎的な知識をできるだけわかりやすくまとめてみました。歩行は日常で何気なく行っている動作なので、意識しないと単純なものに感じてしまいますが、分析や改善を行おうとするとその複雑さに驚きますよね。基礎的な知識を把握することで、問題を体系的に把握したり、効果的なリハビリ内容を導き出したりしやすくなると思います。本内容が皆様のお役に立つ情報になれば誠に幸いです。