「そもそもなぜ歩行を分析する必要があるの?」「歩行分析をしたいけど、どこに着目したらいいの?」「分析結果をリハビリにどう繋げたら良いかわからない...」臨床現場でこういった疑問や悩みは多いと思います。分析する意義や方法論がわからないと、なかなか意識高くは取り組めないですよね...そこで今回は、歩行分析の目的や重要性、実施する上で押さえておきたいポイントをまとめていきます!なぜ歩行に着目するのか「1日に1万歩は歩きましょう!」「歩幅を伸ばしてスピードをあげて歩きましょう!」なぜ歩行量や歩き方について目標値が設定されたり指導されたりするのでしょうか。それは歩行が日常生活を送る上で欠かせない動作であり、古くから歩行と健康の関連が研究されてきていて、歩行機能を維持・向上させることが健康維持やQOL向上に対して非常に重要と考えられているからです。歩行機能と日常生活範囲の関連歩行の研究や著書で有名なPerryら[1995]は、歩行速度の切り口で脳卒中患者の歩行障害レベルと移動範囲を分類し、下記の結果を報告しています。0.4 m/s未満屋外歩行が困難(重度歩行障害)0.4 m/s以上 0.8 m/s未満屋外歩行に制限あり(中等度歩行障害)0.8 m/s以上屋外歩行に制限なし・地域活動可能(軽度歩行障害)また、横断歩道を渡るための歩行能力について、下記の報告があります。1.0m/s横断歩道を渡るのに必要な歩行速度[藤田. 1987]1.22m/s横断歩道を渡るのに十分な歩行速度[Langloisら. 1997]これらの報告は、歩行機能の低下が日常生活範囲を限定することを示しています。歩行機能と疾病の関連歩行機能は疾病の診断基準や将来的な疾病・イベントのリスク評価にも用いられています。0.6m/s未満転倒や入院のハイリスク者[Studenskiら. 2003]0.7m/s未満転倒ハイリスク者[Shimadaら. 2009]1.0m/s未満フレイル・サルコペニア 診断基準の1つ[Satakeら. 2020]歩行速度1.0m/sは様々な場面でカットオフ値や目標値の形で目にしますが、このように過去の研究成果を整理してみても、歩行速度1.0m/sの歩行能力を維持することは、日常生活範囲・疾病リスクの両観点から重要であることがわかります。図:歩行速度と疾病・イベントリスクなぜ歩行分析をすべきなのか前述のとおり歩行機能を維持・向上させることは日常生活にとって非常に重要なわけですが、歩行機能の維持・向上を達成するためには、効果的なリハビリ・トレーニングを実施する必要があります。そして、リハビリ・トレーニング内容を策定するために、問題の特定とその原因を考察する分析作業が必要になるのです。そうです!歩行分析はそれ自体が目的でなく、最適な治療を選択するための手段なのです。そして、この歩行分析を定量化することが、初期の治療方針選択や中途の方針転換を的確に行っていく上で非常に重要になります。しかし、残念ながら今のところ、忙しい臨床業務の中で簡便に・定量的に歩行分析を実施できるツールが少ない状態です。このことが歩行分析自体を煩雑にしてしまい、分析結果を治療に繋げられないといった問題を引き起こしているのではないでしょうか。よく言われる「手段の目的化」という現象ですね。歩行分析は治療方針を選択するための手段であるはずなのに、歩行分析に手間がかかりすぎるので、いつしか歩行分析を実施すること自体が目的になってしまうということです。結構あるあるな問題ではないでしょうか...このあたりはまた別の記事で解説しようと思います!歩行分析のポイント ―条件設定―歩行分析を実施する前に、まずどのような条件で患者さんに歩いてもらうかを定めましょう。治療効果や経過を見ていく場合に、毎回できるだけ同じ条件で歩行分析をしていくことが理想的です。距離が変わったり、路面が変われば歩容も変わりますもんね。前回のコラムでは歩行能力評価には様々な手法があることに触れましたが、医療機関や介護施設で継続的に実施されている評価手法は、10m歩行とTUG(Timed Up and Go)が多いようです。既存の研究成果を活用したり、他の医療機関との情報交換や連携をしたりしたい場合には、上記2つの評価を実施していくと良いでしょう。もちろん、目的に応じてスポットで別の評価をしてみることも良いと思います。各評価手法の詳細は別の記事にて解説いたします。ここで余談ですが、評価手法が決まれば、測定距離や声かけの仕方などは提唱された原著文献に従っていくべきではありますが、例えば屋内で10m歩行を実施しようと思ってもスペースを確保できない施設も存在すると思います。しかも、10m歩行は本来その前後に3mの予備路(加速や減速のためのスペース)を確保し、患者様には16mを歩いてもらう評価手法です。直線で16mを確保できる施設はあまり多くないでしょう。その場合には、歩行を縮めたり、天候や路面の状況に気をつけながら屋外で実施したりするなど、それぞれの施設で継続可能な方法を模索していただけると良いと思います。フレイル・サルコペニアの診断基準の1つに含まれている「歩行速度1.0m/s未満」は、6m歩行の速度が参照されています。従って、歩行能力評価として10m(予備路含めて16m)が必須条件ではありません。歩行分析のポイント ―着眼点―歩行分析は矢状面(側面)と前額面(正面・背面)から観察して行います。どの面から観察するかによって、捉えやすい情報が変わります。それぞれの面で、頭部→体幹→骨盤→左右の脚を片側ずつ足・膝・股関節の順に観察すると良いそうです[江原. 2012]。前額面からの観察は、ふらつきがないか・左右差がないかなど、歩行の全体像を捉えることに役立ちます。また、トレンデレンブルグ歩行やデュシャンヌ歩行等の異常歩行や体幹の代償運動など、主に左右方向の異常運動を評価しやすい観察面です。矢状面からの観察は、前回の記事に書いた歩行周期と対応させて問題を捉えやすく、各フェイズにおける問題点を詳細に分析することに役立ちます。それぞれのフェイズで活動する筋肉の役割なども頭に入れて観察できると効率良く分析できます。また、体幹・骨盤の過度な前後傾や膝折れ・反張膝、ロッカーファンクションなど、主に前後方向の異常運動や機能を評価しやすい観察面です。おわりに今回のコラムでは、歩行分析を実施する重要性について解説してみました。そもそも歩行動作は日常生活において非常に重要な役割を持っていること、それを分析して適切なリハビリを実施することが患者様のQOL向上に直結することを改めてご理解いただけたと思います。歩行分析の方法論については、より詳細な専門書等で継続して情報収集していただき、皆様の現場の状況にマッチした方法で継続的に実施されることを願っております。本内容が皆様のお役に立つ情報になれば誠に幸いです。参考文献Perry J, Garrett M, Gronley JK, Mulroy SJ, Classification of walking handicap in the stroke population, Stroke. 1995 Jun;26(6):982-9.藤田 大二, 交通現象と交通容量, 技術書院. 1987.Langlois JA, Keyl PM, Guralnik JM, Foley DJ, Marottoli RA, Wallace RB, Characteristics of older pedestrians who have difficulty crossing the street, Am J Public Health. 1997 Mar;87(3):393-7.Studenski S, Perera S, Wallace D, Chandler JM, Duncan PW, Rooney E, Fox M, Guralnik JM, Physical performance measures in the clinical setting, J Am Geriatr Soc. 2003 Mar;51(3):314-22.Shimada H, Suzukawa M, Tiedemann A, Kobayashi K, Yoshida H, Suzuki T, Which neuromuscular or cognitive test is the optimal screening tool to predict falls in frail community-dwelling older people?,Gerontology. 2009;55(5):532-8.Satake S, Arai H. The revised Japanese version of the Cardiovascular Health Study criteria (revised J-CHS criteria), Geriatr Gerontol Int. 2020 Oct;20(10):992-993.江原義弘, 歩行分析の基礎ー正常歩行と異常歩行ー, 日本義肢装具学会誌. 2012. 28巻1号57-61.